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東京地方裁判所 昭和48年(タ)64号 判決

原告

甲野花子(仮名)

国籍

イタリア共和国

被告

プラニエ・マリフエノ(仮名)

主文

一  原告と被告とを離婚する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は、主文同旨の判決を求め、請求の原因として次のとおり述べ、立証として甲第一ないし第六号証を提出した。

(一)  原告(昭和二二年六月一四日生まれの日本人女子)と被告(一九四五年二月二日生まれのイタリア共和国の国籍を有する男子)は、昭和三九年ごろからペンフレンドとして文通していたものであるところ、原告が○○学院大学に在学していた昭和三四年ごろ、被告が日本の学生運動を調査研究するため来日して親密となり昭和四四年一月ごろから東京都内で同棲し、同年三月一四日、東京都杉並区長に婚姻の届出をした。

(二)  ところで、被告は、同年六月、来日の目的をはたしたとしてイタリアに帰国した。原告は、同年七月、被告との婚姻生活を続けるべくイタリアに渡り、ローマ市内の被告の実家ですごしたが、被告は、学生運動のためイタリア国内を転々とし、被告の実家に帰ることは殆どなく、また、被告の母は、必ずしも原告を被告の妻として暖く取扱つてくれていたわけではなかつた。そのため、原告は、被告との婚姻関係を維持する意欲を失ない、同年一一月初めごろ、被告と話し合つて、原被告間の婚姻関係を解消する旨の合意をし、同月七日、単身日本に帰国した。

(三)  その後、原告と被告の間には文通もなかつたが、昭和四五年五月ごろ、原告は、被告が来日中であることを知人から知らされ、被告との離婚手続をするため、被告と再会し、被告に対し離婚届書に署名するよう求めたところ、被告はこれに同意した。そして、原告と被告は、同年五月一九日、離婚届書に双方署名のうえ、これを東京都杉並区長に提出したが、夫の本国法上協議離婚は認められていないという理由で右届出は受理されなかつた。その後被告はイタリアに帰国し、被告からはなんの連絡もなかつたが、昭和四八年二月、原告が本訴を提起する意向である旨被告に連絡したところ、被告から原告との離婚に同意すること、原被告間の婚姻はイタリアの戸籍には登録されていないので、被告自身は、原告との離婚手続が未了のままでも再婚することが可能と考えられ、イタリアにおいて新たな婚姻を成立させる意向なので、原告との離婚手続を速やかに進めることを希望する旨の返書が届いた。なお、原告は、現在同じ会社に勤める同じ年の男性と結婚を前提として交際している。

(四)  以上のとおり、原告と被告の間には民法第七七〇条第一項第五号にいう婚姻を継続しがたい重大な事由があるものというべきであるから、原告は、右の理由に基づき被告との離婚を求める。

被告は、主文第一項と同旨の判決をすることに異議がない旨を述べ、請求原因に対する答弁として、「請求原因(一)及び(三)の事実は認める。同(二)の事実中、被告が原告主張の日にイタリアに帰国したこと、及び原告がその主張の日にイタリアに渡り日本に帰国したことは認める。」と述べた。

当裁判所は、職権で、在日イタリア大使館領事部に調査を嘱託し、鑑定人澤木敬郎に鑑定を命じ、原告本人尋問をした。

理由

一〈証拠〉を総合すると、請求原因事実はすべて認められ、これに反する証拠はない。

二本件離婚の準拠法は、法例第一六条により夫である被告の属するイタリア共和国の法律によるべきところ、一九七〇年一二月一八日施行の同国のいわゆる離婚法(一九七〇年一二月一日法律八九八号、以下「離婚法」という。)第三条は、「夫婦の一方は、左の場合に婚姻の解消又は婚姻の民法上の効果の終了を請求することができる」とし、具体的離婚原因として、(イ)他方配偶者が一定の罪を犯したとき(同条第一項(a)(b)(c)(d))又はこれに準ずる場合(同条第二項(a)(c)(d))、(ロ)裁判別居、協議別居の認許又は事実上の別居が本法施行日の少なくとも二年前から始められて継続し、いずれもその後、五年間別居生活が中断なく継続しているとき(同条第二項(b))(ハ)外国人である他方配偶者が外国で婚姻無効若しくは婚姻解消になつたとき又は外国で新たに婚姻したとき(同条第二項(e))、(ニ)婚姻が未完成のとき(同条第二項(f))と規定し、なお、不貞、任意の放棄、異常、残虐、強暴又は重大な悔辱(イタリア共和国民法第一五一条)は、裁判別居の原因とされている。

三ところで、第一項で認定した事実はイタリア共和国の離婚法上の離姻原因に該当しないことが明らかであり、本件離婚請求は同法上認めることができない。

四そこで考えるに前記認定の事実によると、本件は、妻たる原告が日本の国籍を有して日本に居住しており、原被告間の婚姻の届出が日本でなされ、その婚姻生活も内縁期間を含めると日本国における期間がイタリアにおけるそれよりも長く、被告の後を追つた原告に対し、被告は、イタリアにおいて婚姻生活維持のための協力も十分せず、原被告は、まもなく、婚姻を解消することを合意して、原告は、帰国し、その後、本訴提起までに三年余の別居状態が続き、原被告とも婚姻を継続する意思は全くなく、もはや原被告の婚姻は、完全に破綻して、回復の可能性はなく、戸籍上形骸を残すのみとなつている。こうした場合にも、なお夫である被告の本国法を適用して別居判決文又は協議別居の認許を要求し、さらに五年間の別居生活を強制しなければならないものと解することは相当でない。すなわち、別居判決文又は協議別居の認許というイタリア共和国の離婚法上の制度はもともと同国の歴史的、社会的に特殊な基盤のもとで確立されたものであり、これを直ちに異なる社会生活基盤のもとにある者に適用するだけの妥当性があるとは考えられないし、本件のような渉外婚姻関係に適用するにも多分に無理が伴なうものというべく、結局、本件につき、右別居判決又は協議別居の認許を経由したうえでなければ離婚できないとするイタリア共和国の離婚法の適用の結果は、著しく正義公平の理念に反し、かつ、善良の風俗にも反するものというべきである。従つて、本件については、法例第三〇条により、イタリア共和国法の適用を排斥し、日本の民法を準拠法とすべきものと解する。

五そうして、前記認定の事実によれば、原告と被告との間には、日本民法第七七〇条第一項第五号に該当する事由があることが明らかであるから、原告の本件離婚請求は理由がある。

六よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(浅香恒久 川波利明 横山秀憲)

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